betaD

それは、まだ完成していない

「Q」が「碇」を超えるには設定のカオス化が必要か?—新劇場版ヱヴァンゲリヲン

o0500030610224863605

各所で好評を博している『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:碇』が公開を終了しようとしてる。
となると、今度は次回作『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』が話題となるのだが、いまだ公開日は未定。
映像による情報といえば『碇』の最後に流されたトレーラーのみ。ほかには上映時間が45分程度で、さらに4部作目と同時上映となるとの情報があるが、こちらも不確定だ。
これだけの興行成績を上げているとなると、急遽同時上映を取りやめ、2時間を2本、違う時期に、と言う憶測も浮かんでくるが、はたして『Q』はどうなるのか?
ちょっと、「こうならないと、いやだなー」というポイントを、『碇』のレビューとともにまとめてみた。

『碇』はたしかにすごい、そして見たこともない映像作品だった。
とにかく、絵と動きの表現が、見ているあいだ口を閉じられないほどに圧倒的。
劇場版Zガンダムの戦闘シーン(特に爆破シーン)もそうだったが、実際に実写では造れない表現だからこそ、実写を超えることの凄さをまざまざと見せつけてくれている。

たとえば、「ミサイルの爆発シーン」。
これはTV版でも印象的に利用されていたが、使徒にミサイルが命中し、弾頭がグニャりと変形する。一瞬呼吸をおいて爆発。
これ、「みたこともない映像」なんだけど、だれもが「納得」する表現で、記憶に長くのこってしまう。

たとえば、「エヴァの躍動」。
人体工学的にかなり忠実な動きなんだと思う。
アリエナイ力が人体に与えられたとき、体がどのような形で吹き飛ばされるのか? それをキッチリとエヴァの動きで表現している。
さらに、浮き上がった体の動き自体は人体工学的には忠実なのだけど、エヴァが地面を蹴る「一蹴りのパワー」そのものが全く架空なので、「忠実に表現しているのに見たこともない動き」となっている映像も印象的。
ありえない力で地面を蹴ると、人間の体はどのような浮き、着地するのかを忠実に再現しているからこそ「見たこともない現実」をアニメが表現できていたりするのだ。

エヴァ、アリエナイくらい躍動します。

エヴァ、アリエナイくらい躍動します。

ほかにも、電柱、弾幕、都市の生活などなど、とにかく圧倒的な映像が展開されているのは、ナウシカの巨神兵がとけていく様子や、オネアミスの翼のロケット発射時の「氷の剥離」を現実より細かく書いたと噂の、庵野監督の面目躍如。
(ちなみに登場する宇宙服がオネアミスっぽかったのも、ガイナックスファンとしてはうれしいポイントでした。)

ただし、映像がすざましい迫力だっただけに、設定がそのインパクトについて行けていない。
つまり、神秘主義のカバラをベースにした「謎」だらけの設定は10年前とそんなに変わらず、この映像を裏付けるには、スケールが小さすぎる。
最終的に目指されている「人類補完計画」の設定も、映像の迫力ですべてかき消されて、まったく印象に残らない。
キャラクターにしてもしかり。2時間というなかに、何人もの「チルドレン」が出てくるし、テレビ版で多くの鑑賞者が「一度知っているキャラクター」だったりしたので、しょうがないのかもしれないが、アスカも新キャラも、結局映画が終わっても、印象が曖昧なまま。なんで、出てくるのか、いまいちわからない。思い切って、レイ、シンジ、ゲンドウだけでつくってもかまわないくらいだ。
いや、そこに気を止められないほど、映像が圧倒的だったからなのかもしれないが、それにしても「映画」としてバランスがとれていないなぁと言う感じを、いい映像だっただけに、見終わった後痛烈に感じたのでした。

アスカの名前は惣流から式波へ

アスカの名前は惣流から式波へ

となると『Q』の大命題は、映像の「凄み」を引き継いだまま、設定とキャラクターの意味と濃さをますことにあると、個人的には思うのだが。。。
この映像の迫力み「見合う」ためには、もう、設定を観客に放り出すしかない。
つまり、設定をカオス状態にして、見る人にすべてをゆだねる。
アメリカ、EUだけでなく、中国、アラブもふくめて、とにかく「風呂敷を広げまくって閉じない」。そんな、アプローチをするしか、この「映像」に追いつけないんではないかと、『碇』をみて、『Q』を思う次第でした。

やっぱり、『Q』とその後に続く4部作目も、各2時間にして「濃く」作っていくしかないですね。

※トレーラーでアスカが海賊風になっていたので。。。もしかしたら、キャラ設定にかんしてはかなり「風呂敷広げ」ているかもしれません。

Tagged as:


関連する記事

Leave a Response